サーファー必見!えのすいに聞くクラゲの生態と対処法
サーファーにとって天敵の生物の一つが「クラゲ」。サーフィン中にクラゲに刺されたという人も多いのではないでしょうか。サーフィンや海水浴など海で楽しむ機会が多い夏は特に注意が必要ですよね。そこでクラゲに刺されないための予防法や、季節ごとに気をつけたいクラゲの種類、意外と知らないクラゲの生態について、日本における近代的水族館の第1号としてクラゲの展示を始めた新江ノ島水族館(通称:えのすい)でお話を伺いました。
新江ノ島水族館でクラゲの飼育・研究に携わっている渡部舞トリーター。新江ノ島水族館では展示飼育スタッフのことを生物を飼育(treat)しお客さまをおもてなし(treat)するトリーターと呼んでいます。幼少期からクラゲが大好きで、大学でクラゲの研究をしたのち、新卒で新江ノ島水族館に入社したクラゲのスペシャリストです!
未知な部分が多いクラゲの生態
ーまずクラゲはなぜ発生するのかを教えてください!
実はクラゲの生態は少し複雑なんです。皆さんが普段目にしているゆらゆら浮遊しているクラゲはクラゲの一生のごく一部でしかなくて、多くのクラゲは岩などにくっついた「ポリプ」時代を経て、形を変えてクラゲに変化をしています。
ポリプは一度くっつくと基本的にそこから動かず、サイズは数mmととても小さく、ポリプにも毒はありますがクラゲのように刺したりすることはありません。ポリプは無性生殖なのでクローンのように自分の分身を増やすことができ、その場から動かず生きることができる一方で、万能な生物ではないんです。水温や塩分が変化するとポリプの一部の形が変わり、クラゲへと形を変えるというわけなんです。クラゲの状態になればオス・メスの区別があり、種類にもよりますが寿命は1〜2年ほどと言われています。
少し難しいかもしれませんが、植物に例えると分かりやすいです。植物は木から芽が出て花を咲かせますが、木がポリプで花がクラゲと考えるとクラゲのライフサイクル(一生)が分かりやすくなるかもしれません。
クラゲは魚やイルカのように波に逆らって泳ぐことができないので、波や風向きの影響によって同じ場所に留まってしまうことがあり、それをよくニュースではクラゲの大量発生として報道されます。ただ実は数が異常に増えているわけではなく、条件が揃ったために一箇所にクラゲが一時的に密集しているだけで、環境が変わればまた散り散りに漂うことになるんです。
季節ごとに発生するクラゲに注意!
ー季節に応じて発生するクラゲは変わりますか?
クラゲのカレンダーを作れるくらい季節に応じて発生するクラゲは変わるんです。江ノ島周辺では年間80種類ほどのクラゲを採集することができて、私たちトリーターは毎日湘南港に行って調査しています。継続的に同じ場所で野生のクラゲを採集することで、まだ謎が多いクラゲの研究を深めることができます。季節ごとに採集できるクラゲも違うので、「このクラゲが獲れるようになったからもう秋だね」なんてよく話しているんですよ(笑)
春のクラゲ
春〜夏にかけて発生するアカクラゲは、刺されると結構痛いので注意が必要です。アカクラゲを乾燥させて粉状にしたものを撒くとくしゃみを引き起こすと言われているため、『ハクションクラゲ』という別名を持っています。
春から秋にかけて沖縄・奄美地方で発生するハブクラゲはその名のとおり猛毒を持った特に危険なクラゲで、海水浴エリアには侵入防止用のネットが設置されているほど。ハブクラゲに刺された時はお酢が有効と言われています。サーフトリップで沖縄地方に訪れる際は十分注意してください。
夏のクラゲ
夏にポピュラーなクラゲの一つとして知られているのがアンドンクラゲ。お盆過ぎに刺されたという報告がよく上がりますが、お盆前にもよく発生するので夏の海水浴シーズン中は特に注意したいクラゲです。水面から見ると全く分からないくらい透明度が高く、また他のクラゲよりも視力が良いと言われており、泳ぐ能力が高いことが特徴のクラゲです。
カツオノエボシは南風が沖合から強く吹いた日に発生するクラゲで、夏によく発生します。電気ショックを受けたような強い刺激を感じる危険なクラゲです。カツオノエボシが発生する日はサーファー目線でも、波が良いコンディションの時が多いため特に注意をしてください。その名自体は有名なカツオノエボシですが、実はどのように孵化し成長をするのかを調べた人はおらず論文上の記録にも70日以上飼育された研究データがないため、謎に包まれた生物です。現在新江ノ島水族館ではカツオノエボシ最長飼育記録に挑戦中で、生態の研究が進められています。
秋のクラゲ
夏から秋くらいまで、江ノ島周辺ではエイレネクラゲという1〜2cmの小さなクラゲがたくさん現れます。撮影した日にもエイレネクラゲがたくさん採集できたようで、渡部トリーターの手書きのホワイトボードが館内に展示されていました!その日に採集されたクラゲがすぐ展示されるのは新江ノ島水族館ならではで面白い取り組みです。砂浜にあまりいないクラゲなので人間が刺されたという報告はほとんど上がっていないようです。
冬のクラゲ
冬にもクラゲは存在するのですが強い毒を持つ種を私たちが目にすることは少なくなります。夏から活動をしているクラゲが冬に発見されることは時々あるので、冬だからといって油断は禁物です。2023年12月には東京湾で通常春に見られることの多いミズクラゲが大量発生し、季節外れの光景が見られました。
クラゲはなぜ人を刺すのか?
クラゲは人間を刺そうとしているのではなく、クラゲの触手の中にタンパク質性の毒が詰まったカプセル(刺胞)があり、何かに触れるとセンサーが反応して反射的に毒が出てくるという仕組みになっており、毒針が皮膚を貫通すれば痛みを伴います。なんと刺胞が発射されるスピードは時速130km!刺胞が持つエネルギーも研究者の間では注目されています。
公益社団法人日本ライフセービング協会のHPにもクラゲの生態についてまとめられていますのでぜひチェックしてみてください!
サーフィンは露出を抑えた服装で!
ークラゲに刺されないために対策できることはありますか?
クラゲがたくさんいる時期に海に行かないことが一番の予防法になりますが、サーファーの方はそうも言ってられないですよね(笑)夏でも露出を抑えるウェットスーツやラッシュガードなどを着てサーフィンをするのが良いかと思います。ただウェットスーツの中にクラゲの触手が入り込んでしまうこともありますので、手首や首の周りに隙間ができないようにテープなどでしっかりと塞ぐことが効果的な予防法の一つです。クラゲと同じ刺胞動物であるイソギンチャクと共存するカクレクマノミの表面の粘膜を研究して開発されたクラゲ予防クリームも販売されていますので、どうしても露出してしまう部分に塗るなどして試していただくといいのかなと思います。あとはクラゲを見かけたらその場から離れて別のポイントでサーフィンを楽しんでいただきたいです。
ークラゲに刺された後の対処法を教えてください。
まずは大量の海水で洗い流すことです。真水を使ってしまうと逆に刺胞を刺激してしまうので、ペットボトルなどを使って必ず海水で優しく洗い流してください。ライフセーバーさんはクラゲの対処法をよく知っているので、もし刺された場合は近くにいるライフセーバーさんの力を頼ってください。洗い流した後も、痛みや腫れが続く場合はアレルギー反応が出ている可能性もあるため、病院を受診することをおすすめします。
ークラゲ以外に注意すべき海の生き物はありますか?
アカエイは砂浜に埋まっていたり浅瀬で休んでいることもあり、うっかり踏んでしまうと刺されて激痛が走ることがあるので注意が必要です。砂浜で歩く際は素足は危険なのでサンダルを履いて移動するようにしてください。また岩場などにはガンガゼというウニの仲間がいます。棘が細く長いのが特徴で、刺さるとなかなか抜けないこともあるので見かけたらその場から離れて、違う岩場で休憩をするのがいいかと思います。
渡部トリーターの「推しクラゲ」は?
ークラゲの飼育で注意していることは?
品種によって変わりますが、どのクラゲにも共通しているのが「水流」です。流れが全くない場所だと、クラゲが同じ場所に留まってしまうため形が悪くなってしまったり、場合によっては死んでしまうこともあります。そのためゆっくりと漂うような水流を維持することを心がけています。一日に3回餌をあげていて、アルテミアと呼ばれる甲殻類の赤ちゃんをあげたり、牡蠣をミンチ状にしたり、シラスをあげたりとクラゲの種類に応じて餌を変えているんです。またクラゲの種類に応じた適切な水温を保つことを心がけていて、水を定期的に入れ替えたりと常にクラゲにとっていい環境で飼育できるようにしているんです。手をかけるほどクラゲもいい形に成長したりするので、野菜やお花を育てるのと同じですね(笑)
ー渡部トリーターの好きなクラゲは何ですか?
いつもこの質問迷うんですよね(笑)全種類大好きなのですが、深海のクラゲ「ナデシコクラゲ」が特にお気に入りです!2〜3cmくらいの小さなクラゲで、傘と口の部分がピンクっぽい色味をしているのが特徴で見た目がとっても可愛いんです!
東日本大震災の翌年に三陸沖でどれだけ地形が変わったのかを調査をしていたときに水深1100mの海底から収集された空き缶がありました。その空き缶に何かのポリプが付着していたんです。最初からポリプが付着していることを気づいていたわけではなく、大学の先生が「空き缶があるからとりあえず餌をあげてみて」と研究室の学生に指示を出したところからスタートしたそうです。だんだんと空き缶の周りからもやもやとした糸のようなものが出てきて、ポリプであることが判明したんです。研究室で飼育をしていくうちにポリプからクラゲになり、その時にようやく日本では記録がないクラゲであることに気づいたというエピソードがあり、そのエピソードを含めて好きなんです。研究室の学生に代々飼育を受け継がれ順調に育ったのち、震災から10年の節目を迎える2021年にこの新江ノ島水族館と、山形県にある加茂水族館で初めてナデシコクラゲという名前で展示されました。実は私もその大学の出身でして、思い入れのあるクラゲの一つですし、深海にあるゴミがクラゲの生態系に影響を及ぼしているというメッセージ性も含めて、ぜひ新江ノ島水族館にお越しの際は注目してご覧いただけると嬉しいです。
感情次第で見え方が変化するのがクラゲの醍醐味
ークラゲの魅力は?
クラゲの持つ美しさはもちろんなのですが、クラゲを見る人が見たいように見ることのできる生き物であるということが最大の魅力だと思っています。見る人の今の気持ちによって、クラゲの動きが早いから楽しそうに見えたり、時には儚く悲しく見えることもあるんです。どんな人も包み込んでくれて広く鑑賞ができるというところは他の生き物にはないと思います。難しいことを考えないでボーッと見ることもできるのもいいところですよね。実際クラゲを研究してみるとまだまだ謎が多く分からないことが多い生き物なので、自分が第一人者になれるかもしれないというわくわく感もあり、この仕事のやりがいに繋がっています。
ー現在開催中の「“えのすい”のくらげ展」の見どころは?
世界初展示のノルウェーからやってきたポドコライナボレアリスという小さなクラゲはぜひ見てほしいです。ノルウェーの国際学会に行った先輩トリーターが持ち帰ったポリプからこのポドコライナボレアリスが生まれたのですが、最初は全然違うクラゲのポリプとして飼育を任されて育てていたんです。ポリプから一匹目が生まれた時は1mmくらいの小さなクラゲだったのですが、だんだんと成長をしてお客様が目視で確認できる1cmくらいのサイズのクラゲに成長しました。調べたところ世界の水族館ではまだ展示されていないクラゲと分かり、今回の初展示につながりました。珍しいクラゲですのでぜひ見にきてください!
「“えのすい”のくらげ展」概要
開催期間:2024年7月12日(金)~11月4日(振・月)
開催場所:新江ノ島水族館
“えのすい”を代表する生き物「クラゲ」を館内各所でご紹介。世界初展示、日本初展示、新種のクラゲ、クラゲショー、クラゲのバックヤードツアー、クラゲのスタンプラリー、クラゲ検定、クラゲグッズ&メニューなど、クラゲづくしの特別展。詳細はこちらからご確認ください。