プロサーファー兼ライフセーバー休場匠さんが語る、サーフィンとライフセービングの相乗効果
夏の海水浴場でよく目にする「ライフセーバー」。彼らは海のコンディションを観察し、浜辺をパトロールすることで、海での悲しい事故を未然に防ぎ、私たちが安心してサーフィンや海水浴を楽しめるよう見守っています。日本ではライフセービングはボランティア活動として広く知られていますが、実際の救助を模したスポーツ「ライフセービング競技」も存在します。今回は、東海大学ライフセービング部に所属する、日本で唯一のプロサーファー兼ライフセーバーである休場匠さんにお話を伺いました。
「人の役に立ちたい」コロナ禍に始めたライフセービング。
ー休場さんがサーフィンやライフセービングをはじめたきっかけを教えてください。
もともとスケートボードをしていましたが、両親の勧めで真木蔵人さんが主催するサーフキャンプに参加したことが、サーフィンを本格的に始めるきっかけでした。その後、サーフィンとスケートボードの総合成績でチャンピオンを決める「THE SURFSKATERS」に出場し、2年連続で総合優勝を果たしました。高校生の時、コロナ禍で海に入ることが禁じられ、自分にできることを模索していたときに、鎌倉ライフガードの会員募集の案内を見つけたのです。サーフィンは自分のために海に入りますが、ライフセービングは他者を救うために海に入る活動なので、コロナ禍でも意義のある活動ができると思ったんです。
ーライフセービングがサーフィンに役立つことはありましたか?
サーフィンのトレーニングは通常、陸上での有酸素運動や筋力トレーニングがメインですが、ライフセービングの学びを進める中で、ライフセービングとサーフィンが非常に相性が良いことに気づきました。特に、パドリングを新たなトレーニング方法として取り入れたところ、体に大きな変化がありました。体重が60kgから67kgに増え、ウェイトトレーニングやランニング、スイミング、パドリングを組み合わせたトレーニングを行うことで、よりパワフルなサーフィンが可能になり、自信がつきました。そして、ライフガードの資格を取得した翌年、サーフィンのプロトライアルに一発で合格することができました。プロへの道のりは決して順調ではなく、大会で思うような結果が出なかったり、辛い時期もありましたが、ライフセービングを始めたことで、サーフィンが良い方向に変わったと感じています。
チームスポーツの醍醐味を初めて味わえた。
ーライフセービングスポーツについて教えてください!
ライフセービングスポーツは、個人種目とチーム種目を合わせて全10種目以上で構成されています。泳力を競う「サーフレース」、砂浜を走る「ビーチスプリント」、救助の速さを競う「レスキューチューブレスキュー」などがあり、僕が得意とする種目は「ボードレース」です。約250m沖合に設置されたブイを回り、浜へ戻るスピードを競うこの競技では、パドリング力や波に乗る技術が試されます。これまでサーフィンで培ってきたスキルを存分に活かせる種目だと感じています。
僕が所属する東海大学ライフセービング部は、一昨年、昨年と2年連続で全日本学生選手権(インカレ)で総合優勝を果たした強豪です。今年は3年連続の優勝と、個人種目での優勝を目指して日々練習に励んでいます。大学に入学するまではサーフィンとスケートボードしか経験がなかったため、チームスポーツを通じて仲間と一つの目標に向かって努力するという経験そのものが新鮮でした。海での救助活動は一人ではできず、常に仲間との連携が必要です。密なコミュニケーションと協調性が重要なこのスポーツを通して、人間力も磨かれていると感じています。
ー大学ではどのようなことを勉強しているのですか?
体育学を専攻しており、スポーツをする側、観る側、支える側など多角的な視点から学んでいます。また、解剖学や栄養学といった身体に関する授業も履修しています。大学の勉強、サーフィン、ライフセービング部の活動と、多くのことに挑戦しているため、タイムマネジメント、特に朝の時間を大切にしています。一日のスケジュールは、朝4時に起きて片瀬海岸でライフセービングの自主トレーニングを行い、その後茅ヶ崎でサーフィンのトレーニングを行います。最近は学業にも力を入れており、1〜4限まで多くの授業を履修しています。部活動も含めると早朝から夜まで動きっぱなしで、時には睡眠時間が4時間ほどしか取れないこともありますが、好きなことをやっているので苦になりません。
本場・オーストラリアで感じた日本との「格差」
ーライフセービングスポーツはオーストラリアの国技となっています。そんなオーストラリアでの経験はどのような影響を与えたのでしょうか?
昨年、神奈川県ライフセービング協会が主催したオーストラリア・ゴールドコースト市ライフセーバーとの交流事業に、親善大使として参加しました。現地ではライフセーバーの家にホームステイし、一緒にトレーニングや活動に協力する機会がありました。オーストラリアではライフセービングが国民的活動として広く認識され、地域社会に深く根付いていることを実感しました。ライフセービングクラブが1kmごとに設置されており、その数も日本とは段違いです。ビーチのすぐそばにあるクラブの建物には、1階が機材置き場、2階がスポーツバーのようなレストランスペース、3階にトレーニング施設が入っており、誰でも自由に利用することができます。海と生活が地域社会に密接に結びついている様子を肌で感じました。
ー対して、日本はどのような現状なのでしょうか?
日本では、ライフセーバーは主に学生ボランティアが担っています。僕たちも7月〜8月の海水浴シーズンはライフセーバーとして湘南周辺のビーチで監視業務を行い、その期間は部活動を休止しています。しかし、多くのライフセーバーが大学卒業と同時に活動をやめてしまうため、人材育成に課題があります。オーストラリアではライフセーバーが公務員として扱われ、人気の職業となっています。オーストラリア出身の元CTサーファー、ウェイド・カーマイケルがプロサーファー引退後にライフセーバーとして活動しているように、サーフィンとライフセービングは密接に関係しています。
日本では「ライフセーバー=大学生」というイメージが強いため、職業として認められるよう、自分にできることを進めていきたいと思っています。大学卒業後の進路はまだ決まっていませんが、ライフセービングスポーツが2032年のブリスベンオリンピックに追加種目として採用される可能性もあり、これからも競技者としてライフセービングを続け、ライフセーバーの社会的地位向上に貢献していきたいと考えています。
サーフィンとライフセービングの結びつきを強めたい。
ー海の事故は海水浴客だけでなく、サーファーも決して無縁ではありません。どちらの視点もお持ちの休場さんだからこそ、サーファーに伝えたいことはありますか?
サーファーにもライフセーバーの資格を取得してほしいと考えています。サーフィンの経験は、監視中の判断にも大いに役立ちます。サーファーの方が波を見る目が鋭く、ライフセーバーよりも早く「今、波が来ている」と感じ取れることが多いのです。このわずかな時間差が、人命救助につながる可能性があります。
また、ライフセービングスポーツにもっと興味を持ってほしいと思います。パドリングや波・風を読むスキルなど、サーファーの知識はライフセービングスポーツに大いに活かせます。サーファーとライフセーバーが互いに知識を共有することで、より多くの命を救うことができると思います。自分がその架け橋となれるよう、二つのスポーツの融合に向けた活動をしていきたいと考えています。
ー今後の夢や目標はありますか?
プロサーファー兼ライフセーバーは日本で僕一人です。二つのスポーツの融合という大きな目標を実現するためには、まずは本場オーストラリアで経験を積むことが一番の近道だと考えています。大学卒業後は、オーストラリアへの留学やワーキングホリデーで現地のライフガードとして働くことも視野に入れています。高校時代から英語の勉強に力を入れており、大学でも一部の講義を英語で受講しています。まずはオーストラリアのライフガード技術を学び、それを日本に持ち帰りたいと考えています。
サーフィンのレベルアップにはライフセービングが必要不可欠。
ー休場さんはサーフィンとライフセービング、それぞれの魅力をどう捉えていますか?
サーフィンの最大の魅力は、一生続けられるライフスタイルに根付いたスポーツであることだと思います。同じ波は二度と来ないからこそ、次はどんな波が来るのだろうというワクワク感をずっと忘れずに楽しめるのが魅力です。また、自然相手のスポーツであるため、何が起こるかわからないところも醍醐味です。
一方、ライフセービングスポーツは勝敗を競う競技でありながら、その先に救う命があるという点が他にはない特徴です。「最も早い人が最も早く人命を救える」、このスポーツにしかない最大の特徴があります。ライフセーバーとして、海に遊びに来ている方々の安全を見守り、地域や社会に貢献できることも大きな魅力です。高い責任感を持って取り組めることがやりがいにもつながっています。
ー最後に読者にメッセージをお願いします!
この記事を読んでいる方は、サーフィンが好きな方が多いと思います。ぜひ声を大にして伝えたいのは、「すべてのサーファーにライフセービングを始めてほしい」ということです!トレーニングからでも大歓迎です。サーフィンがオリンピック種目となり、競技としてのサーフィンのレベルが上がるほど、技術力だけでなく持久力が求められるスポーツになると感じています。その点で、同じ海をフィールドとするライフセービングは最高のトレーニングです。僕自身も長時間の水中活動に対する耐久力が増し、より大きな波や厳しいコンディションにも果敢に挑戦できるようになりました。また、ライフセービングで必要な冷静な判断力が、試合中のメンタルの安定にもつながりました。ライフセービングの知名度を上げるには、サーファーの協力が不可欠だと思っています。ぜひ興味を持っていただけると嬉しいです!